PIENA
COURSE03
生田神社をはじめとした「神戸八社」、
5つの地域からなる日本を代表する酒どころ「灘五郷」、
歴史ある界隈に点在する史跡を結ぶ散策道「兵庫津の道」など、
日本文化を感じる伝統(神社)を紹介します。
生田神社は1800年以上の歴史を有する古社。生田の神を守る家、神戸(かんべ)が由来となって神戸という地名が生まれました。生田は元々は活田であり、活き活きとした生命力溢れる場所という意味です。近年はアスリートやアーティストの参拝も多く、神戸中心市街地に位置することからも多数の参拝客が訪れています。伊勢神宮内宮にお祀りされる天照大神の和魂あるいは妹神と伝えられ、稚くみずみずしい日の女神様であり、物を生み育て万物の成長をご加護する神様として、ご崇敬を集めています。
拝観時間 | 7:00~日没(通常時) |
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定休日 | 年中無休 |
北野天満神社は、霊顕あらたかな学問の神様で親しまれている菅原道真公をお祀りする由緒ある神社です。
治承4年(西暦1180年)の6月、平清盛公が、京都から神戸に都を移し、「福原の都」をつくるに当たって禁裡守護、鬼門鎮護の神として、京都北野天満宮から勧請して祀られた古い歴史をもっています。
また、約260年前にご造営された本殿は、透塀、拝殿、鳥居、灯籠、石段とあわせ、昭和60年に神戸市の「伝統的建造物」として文化財に指定されています。
拝観時間 | 7:00 ~ 17:00 |
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定休日 | 年中無休 |
楠木正成を祭る神社で、地元では親しみを込めて「楠公(なんこう)さん」と呼ばれています。建武中興十五社の一社でもあります。正成公の「御殉節地」と、水戸光圀公自筆による大楠公墓碑「嗚呼忠臣楠子之墓」は、国指定文化財史跡。拝殿天井には、全国の著名画家から奉納された天井画163点が収められています。宝物殿には「段威腹巻」(伝正成公御着用)や御真筆「法華経奥書」(共に重要文化財)などゆかりの品々を展示しています。
営業時間 | 日出~日没 宝物殿 9:30~16:30 |
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定休日 | なし (宝物殿は木曜日休館) |
入場料 | 宝物殿:大人300円 |
延暦24年(西暦805年)伝教大師最澄、開創。大師自作の薬師如来を堂に安置し、能福護国密寺と名付けられた我が国最初の教化霊場です。仁安3年(西暦1168年)当寺において平清盛公が出家。江戸時代初期より明治維新まで、京都青蓮院門跡の院家職を勤め、京都以西では西日本唯一の格式を有します。境内には、日本の新聞の父といわれるジョセフ・ヒコ(浜田彦蔵)が記した日本最初の英文碑や、日本三大佛の一つに数えられる兵庫大佛があります。
営業時間 | 9:00~17:00 |
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定休日 | 年中無休 |
古来、節分の日にこの八社を巡拝して、厄を払い願いを祈る風習があり、
今でも多くの人が八社を巡礼しご朱印を集めています。
神戸観光にかかせないものとなっている各協会をご紹介いたします。
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御祭神は田心姫命、天照大御神が素盞嗚尊と剣玉を交換して誓約の際にお生れになった三女神五男神の一柱で、福岡県宗像郡沖の島鎮座の宗像大社より勧請されたといわれております。大国主命の后として、御一緒に日本国土開発と経営に協力され、又神功皇后が三韓からの帰途神験特に著しかったので巡拝された一社で、爾来、生成発展、交通安全、厄除、縁結びの守護神としての御神徳の高い神様です。
ご祭神 | 田心姫命(たごりひめのみこと) |
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御祭礼日 | 春 4月10日・11日 秋 10月20日・21日 |
摂政元年(西暦201年)に神功皇后が生田神社を建立する際にお参りになられたと伝えられています。
また、貞観年中(西暦859~877年)に生田神社のある砂山(いさごやま・新神戸駅の裏山)が大水害にみまわれ、現在の地に御社を築く間、二宮神社で神さまをお祀りしたと伝えられ、境内には御神体を奉安したとされる「御幸石」が現存します。
明治時代には、旧葺合区内にある神社のすべてが二宮神社に合祀され、総鎮守となりましたが、現在では、地域の発展とともに再び神社が建立され、神々も元の神社へとお遷りになられました。
ご祭神 | 正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命 (まさかつあかつかちはやび・ あめのおしほみみのみこと) |
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御祭礼日 | 春 5月5日・6日 秋 9月15日・16日 |
御祭神は、天照大御神が素盞鳴尊と剣玉を交換して誓約の際にお生まれになった三女神の一柱で、福岡県宗像郡沖の島に鎮座の宗像大社より観請されたといわれ、神功皇后の三韓からの帰途、巡拝された一社であり、又、寛延年間には尼崎藩主の信仰が篤かった。明治維新早々には、神戸開港の際藩士と外人との突発事件が起こった地で、いわゆる「史蹟・神戸事件発生地」であります。また二宮神社の御兄神と年に一度の御対面をされると伝えられ、古くからそれが神事となっています。爾来、航海交通安全・厄除の守護神として、御神徳の高い神様です。
ご祭神 | 瑞津姫命(たきつひめのみこと) |
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御祭礼日 | 春 5月12日・13日 秋 10月12日・13日 |
御祭神は、天照大御神が素盞鳴尊と剣玉を交換して誓約の際にお生まれになった三女神の一柱で、福岡県宗像郡沖の島に鎮座されていますが、広島県安芸の宮島に鎮座されている厳島神社より歓請されたとあり、神功皇后三韓からの帰途巡拝され、四の御前といわれています。のちに、永禄年間、織田信長の命令で花熊城を築き、荒木村重より御神宝が捧げられました。又、摂津国芸能神として、芸能人の崇敬篤く、花隈芸者は一度は鑑礼を受けなければならなかったといわれています。花隈芸者育ての守り神といわれている時代もありました。爾来、鬼門鎮護・水商売・厄除の守護神として御神徳の高い神様です。
ご祭神 | 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと) |
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御祭礼日 | 春 5月10日・11日 秋 10月10日・11日 |
御祭神は、天照大御神が素盞鳴尊と剣玉を交換して誓約された際にお生まれになった五男神の一柱です。出雲国能美郡天穂日神社より歓請され、天照大御神の勅を奉じて、出雲国に降り、日本国土開発のてめのお使いとして、国土発展と経営に努力された神様で、神功皇后三韓からの帰途、巡拝された一社であり、厄除・天下奉平・五穀豊豊饒の御神徳の高い神様として知られています。
ご祭神 | 天穂日命(あめのほひのみこと) |
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御祭礼日 | 9月12日 |
御祭神は、天照大御神が素盞鳴尊と剣玉を交換して誓約された際にお生まれになった五男神の一柱で、神功皇后三韓からの帰途、巡拝をされた一社です。坂本村に皇別坂本臣紀朝臣(さかもとのおみきいのあそん)が御住みになっており、坂本臣紀朝臣は武内宿弥の末孫であります。御先祖の武内宿弥の御仕えさせられていました応神天皇を御祀りせられたものと伝えられています。出雲系の神様ですから、御一緒に祀られたものと考えられます。厄除の守護神として、古くから厄年の人の参詣が絶えません。
ご祭神 | 天津彦根命(あまつひこねのみこと)・応神天皇 |
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御祭礼日 | 7月13日 |
御祭神は、七つの御名をもつ神であり、応保三年平清盛が福原遷都と共に、その守護神として尊崇され、又第百七代正親町天皇の天正十年に勅額や御神宝を奉納されており、また、大己貴尊が兵庫の地を開拓されたとして称えられています。生田神社誌によれば天児屋根命は、天照大御神と素盞鳴尊の剣玉を交換して誓約された際にお生まれになった五男神の一柱であるのでごいっしょに奉斎されています。神功皇后が三韓からの帰途、巡拝された一社です。航海安全・土地開発・縁むすび・厄除として得に高い神様です。
ご祭神 | 大己貴尊(おおなむちのみこと) 天児屋根命(あめのこやねのみこと) |
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御祭礼日 | 春 5月8日・9日 秋 11月23日 |
御祭神は、天照大御神が素盞鳴尊と剣玉を交換して誓約された際にお生まれになった五男神の一柱で、神功皇后が三韓からの帰途、巡拝された一社です。橘通の、旧県警庁舎の所に鎮座されていたのですが、明治四十二年に旧神戸市役所を当社鎮座地に新築したため、現在の楠町三丁目、大倉山南東の地に移転されました。素盞鳴尊を御奉祀せられましたのは紀朝臣(きいのあそん)でありました。紀朝臣は後、紀伊国造となり素盞鳴尊と御祀りせられたものと伝えられております。厄除守護神として、名高い神様です。
ご祭神 | 御祭神、熊野杼樟日命(くまのくすびのみこと) 素盞鳴尊(すさのおのみこと) |
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御祭礼日 | 春4月13日 秋10月8日・9日 |
ピエナスタッフが自信を持っておすすめする、神戸観光には外せない観光スポットをご紹介。